| Ashleycat's Eternal Second banana. |
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劇作家兼演出家のAshleycatによるブログです。7月からこちらでは演劇話と学校生活、書評をメインにお送りすることになりました。バーテン猫によるお酒や温泉、旅の話は楽天日記でどうぞ! |
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Ashleycat's Eternal Second banana.
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『野田版 愛陀姫』
Tue, 2 Sep 2008 13:05:38 +0900
歌舞伎座にて。
歌劇『AIDA』は観たことがない。
いまやサッカーファンでなくても聞いたことがない人は少ないであろう凱旋行進曲がこの歌劇の曲だということくらいは一応知っていたが、ストーリーは、エジプトの三角関係の話だったかなくら
いの認識。なので一応観劇前に復習をする。
<ものがたり>
エチオピア王女アイーダは、奴隷の身となって、エジプト王女アムネリスに仕えている。若き軍人ラダメスとは恋仲だが、アムネリスもラダメスに思いを寄せていて、激しい嫉妬を受ける。
神の宣託によりエチオピア討伐軍の将軍にはラダメスが選ばれる。故郷の軍を倒して愛しい男が凱旋するのを複雑な気持ちで見守るアイーダは、捕虜の中に敵軍の将である自分の父が紛れていることに気がつく。父に言われてラダメスから軍事上の機密を聞き出すアイーダ。アイーダはともにエチオピアへ逃れることを勧めるが、ラダメスは祖国を離れることができず、裏切り者として捕えられる。アムネリスの必死の懇願にも耳を貸さぬラダメスは処罰されることになり、石牢へ生き埋めにされる。そこにはアイーダが既に待っていた…。
野田版だと
アイーダ…愛陀姫=尾張の織田家の姫→中村七之助
ラダメス…木村駄目助座衛門=美濃の武将→中村橋之助
アムネリス…濃姫=美濃の斉藤道三の娘→中村勘三郎
ということになる。
日本史マニア(とくに戦国時代)にはたまらない翻案というところだろうか?
野田さんらしい演出があちこちに。
特に最初のえせ占い師たち(福助&扇雀)と群集のシーンは野田さんワールドが炸裂していて。普通の(?)歌舞伎ファンの人たちはびっくりしないのだろうか?と不安になってしまったが、そもそも客層がいつもとは違っていたこの第三部だった。
凱旋行進曲の邦楽バージョンはなかなか聴きでがあったなぁ。
どう考えても、この曲があったからこの演目を選んだのではないかと思ってしまうのだが。
だって、いまや曲の方がなじみがあるんだもの。
オペラを翻案するにあたって、物語と音楽は切り離せないわけじゃない。(そういう試みも身近に見知ってはおりますが。)でも、音楽の方は一人歩きして、全然オペラを見たことがない人でも別のイメージで覚えていたりする。その一人歩きしている音楽の方に、演出を出逢わせることであらたな(歌劇ではなく現代劇の)アイーダが出来上がっていることがひとつの特徴だった。もちろん、安直に結び付けているわけではなく、「歌舞伎」という様式と邦楽のなかで筋を整えているからこそ、もともとの歌劇の持つ壮麗さが失われずにいるというのも重要な点である。
ハリボテならぬ、ビニールの象がふわふわと歌舞伎座の舞台を凱旋する場面は華やかでコミカルで、思い出しても楽しい。
本来のオペラの演出とあまり違わないと思われるラストシーンは、印象的ではあったけれども、せっかく歌舞伎座でやっているのに、なんだか普通だなあ…という感想。
新作歌舞伎というよりは、『野田地図IN歌舞伎座』という感じがしましたが、いかがだろう。
随分前に見た『蜷川十二夜』と比べてみると、蜷川さんのほうはもっとシンプルに「新作歌舞伎を作ろう」というスタンスだったことがわかる。まぁ、勘三郎一座と菊五郎一座の色の違いもあるだろうけれど、野田さんだとどうしても「現代劇に歌舞伎役者が出ている」という感じになるのはどうしてだろう。歌舞伎座でやっていてもそう。これが串田さんだと、コクーンでやってちょうど(野田さんと蜷川さんの)中間くらいになる。
どれも見所や面白みが違って、そのたびにドキドキさせられるけどね。
今のところ串田さんのがいちばん好きです。(笑)
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Tue, 2 Sep 2008 13:05:38 +0900
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『爆発する身体、封じ込める身体』
Tue, 2 Sep 2008 1:57:26 +0900
抜粋:
静岡通いのシーズンが始まった。
毎年…といっても私のこの習慣は昨年から始まったのだから、そんなに胸を張って言う理由もないのだが、とにかく毎年5月、6月は静岡県の舞台芸術センターで『春の芸術祭』と呼ばれる国際的な演劇フェスティバルが行われる。世界各地から、最先端の演劇やダンスのカンパニーが毎週のようにやってくるのである。川崎-静岡間を毎週のように往復するのだから、どんなにケチってみてもかなりの交通費がかかるわけだけれども、例えばこの演目を見るためにインドまで、ブラジルまで、カメルーンまで、フランスまで行ったらいくらかかるのか?と考えることですこしはオトクな気分に…というのは気休めだろうか。
そして、すばらしい演目に出会ってしまったときというのは、「プライスレス」というまるでどこかのカード信販会社のCMのような言葉が浮かんでくるもので、そんな体験をみすみす逃すことの方が怖い、と思ってしまう。それほど、この芸術祭の演目はすばらしいのだ。さて、今回はそこで観た二つの演目を比べてみる。
「遊べ!はじめ人間」というなんとも魅力的なタイトルの作品をひっさげて、フランスからやってきたのは、カメルーン人のニヤカム氏の率いるル・カルバスカンパニー。真っ黒な身体に真っ白な粉を塗りたくって、まるで手足が風になびいているかのような信じられない動きを見せてくれる。筋肉の躍動はまるで鍛え上げられたレースの馬を観ているかのような迫力である。演劇やダンスを観る楽しみのひとつに「演者の身体をじっくり見る」ということがあげられると思うが、ほんとうにいつまでも見つめていたい身体、筋肉、表情であった。踊っているうちに身体に纏った白い粉が少しずつ落ちていくのだが、ニヤカム氏によると、この白い粉こそが「原始」を表しているという。アフリカの大陸に原始の時代からぽっかり口をあけている洞窟の白土を取ってきて塗っていたということで、それは実に興味深い話だった。というのは、私には、原始が「白」というイメージはまったく無かったからである。
原始の色というのは何色だろうか?それは人それぞれだと思うが、私は最初、といわれると漆黒の闇を思い描いてしまう。色というのは厳密には光だから、闇には色は無いのだが、だとしたらまあ、黒だ。そしていわゆる原色の赤、青、黄色が出てきて、最後に白がくるのではないか、と思うのだ。
その同じ日の夜、日本平の中腹にある舞台芸術公園のなかのBOXシアターにおいて、新潟のダンスカンパニー、ノイズムによる『Nameless Hands~人形の家~』が上演された。こちらは一転、人形芝居小屋をイメージした薄暗い照明のなか、人形達と人形遣いに扮したダンサー達が高度に統制された演出のもとで心技体の限りを見せる。5月に同じ舞台芸術公園の野外劇場で舞踏『ヒベリニヨ』を見たときにも感じたのだが、日本人の得意な世界はすこし妖しさの漂う、身体の中の小宇宙的なものを見せるときに最大に発現されるのではないだろうか。非常に強い抑圧に押し込められているような身体は、その内面に小宇宙を抱えているように見えて仕方が無い。ル・カルバスカンパニーの演者の宇宙は明らかに彼らの外にあり、彼らを包んでいるように見えたのだが、Noismの演者達の宇宙はどうやら、身体の中に広がっているようだ。この夜「遠吠え」していたのはダンサー達の内部に広がる大小の銀河だったのか、はたまたその中にひときわ輝く恒星か。
観客の既視感をうまく多用した演出は、金森穣にしては珍しく泥臭かったが、終わり近くで血の色をした飛沫を全身にうけながらダンサーの裸体が咆哮を挙げるシーンでは、先ほど頭にちらついた「原始の色」という言葉が想起された。なるほど、日本人の原始の色は血潮の色なのかもしれないなと考えているうちに幕となり、「芝居小屋」を轟かさんばかりのアプローズが鳴り響いた。一番盛大なスタンディングオベーションを呈していたのは黒い肌の筋骨も壮美な一団…他でもないル・カルバスのメンバーたちであった。
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泣ける、笑える、しょーじきヤバイです!
Sun, 10 Aug 2008 0:56:45 +0900
阿部さんの一人芝居 Vol.19
『猫のゆりかご』
@RAFT
両国での稽古が5時半に終わった。
昨日今日と、稽古は本読みなので、阿部さんの芝居に行ける!ということがわかった時、
小さくガッツポーズをしてしまったくらい。
あわてて阿部さんに予約のメールを入れました。ああ、なんてラッキー。
東中野から劇場に歩く途中で大好きなTちゃんに出会う。
今日はラッキー2倍♪
駅からの道もずっとウキウキしてましたが、受付のHさんの南国スタイルにさらに
胡乱なリゾート気分が盛り上がる。
しかし今回の作品はキレてたなぁ。。。
まだ公演中だから、内容はかけないけれど、はっきりいってやばいです。
枕(芝居の始まる前のおしゃべり)から爆笑の連続です。
不条理でもあり、ナンセンスでもあり、それでいて妙にリアリティのあるヴォネガットの世界。
私はなんと、一冊も読んだことがなかったのだけれど、日本人の作家で言うと筒井康隆の作風が似ている感じなんでしょうか、というか、影響を受けているのかな。
とにかく、破天荒なのに妙に細かい描写が、作者がどこまで本気で書いているのかがわからない。そして、それにどこまで演者が本気で挑んでいいのか。そのぎりぎりのラインで物語を遊んでいる阿部さんに、いたく感銘を受けました。
音楽もすごくよかったー。
スティールギターの響きと、阿部さんの秘密兵器がもぅ、耳から離れません。
この魔力じみた効果は、ポニョなみ?w
オフビートっていうのはよくわかったけれど、それでもやっぱり心地のいいビートがあり、
地の文の抑揚を抑えたかわりにキャラがツーンと引き立って。
まじ、笑いすぎて撃沈したシーンも多々あります。
高校生にも見せたかったのだけれど、今回はチケットの売れ行きもかなりいいみたいだったので、今一番この舞台を観ることを必要としている男子生徒だけ行かせることにしました。
10日までです、チケットはもう残席僅少と聞いていますが、
興味のある方はぜひぜひ、ぜひぜひ、アクセスしてみてください!
阿部さんホームページ
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『歌行燈』
Sun, 10 Aug 2008 0:26:43 +0900
あうるすぽっと@池袋
美加理さんのダンス公演。
泉鏡花の『歌行燈』をダンスする、ということでとても楽しみにしていた。
あうるすぽっとも、初めて来た。
上に図書館があるなんて、なんて素敵な劇場!
しかも、その図書館が非常に使いやすい。観易い。探し易い。居易い。
うーん、さすが豊島区。
前にどっかで区長が「区民の満足度全国一」を自慢していただけあるわ。
私も次に住むならこういう図書館のまん前に住みたい。
とても興味深い芝居だった。
たしかにダンスなんだけど、いつのまにか演劇として観てしまっている。
宙吊りにされた美加理さんの棒のような身体に目を奪われた。
笠井さんの振付けって、舞踏っぽくなくて好きかも。
選曲とかも、よく言えばスタンダード、悪く言えばベタなのだけれど、
最近はそれを狙っている演出も多いし、今回はとてもあたっていた。
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七夕の夜に
Thu, 31 Jul 2008 19:10:05 +0900
玉川高島屋の屋上庭園にて狂言を見て来ました。
浴衣を着て。
うーん、マダムな気分です。(どのへんが?)
茂山千三郎さんによる、『蝸牛』です。太郎冠者が、カタツムリと山伏を間違える話。
狂言の楽しさがとてもよく出る好きな演目なのですが、あっという間に終わっちゃって、あとはディナータイムになってしまったのが残念。
しかも、ディナーに客が押しかけていて、なんだか世話しなかったのでちょっとすいてからとりにいこう、などと悠長に短冊に願いを書いたりしていたら、食べ物がなくなっていた…(T-T)
今宵のお客は狂言よりもディナー目当てだったと思われる。。。
伝統芸能の裾野を広げるこういうイベントの成否は、参加者の意識の高さにかかっているかもしれない。
図らずも、今日は祖父の一周忌だったので、短冊に願いを込めて。
舞台が跳ねたその足で実家に行き、お線香を上げてきました。
・ASH・
・Ayaka薰oniSHi・
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七月大歌舞伎『夜叉ヶ池』『高野聖』
Thu, 31 Jul 2008 18:51:16 +0900
人生初の桟敷席で歌舞伎を観て来ました。
演目的には絶対に観に行こうと思っていたのですが、まさか桟敷が取れるとは。ラッキーです♪
夜叉ヶ池の布陣は以下の通り。
百合…春猿
晃…段治郎
学円…右近
白雪姫…笑三郎
春猿さんって美しいですね。
若いときの玉三郎さんみたい。
白雪姫の笑三郎さんもきれいだったけれど、
春猿さんの二役で観たかった気もします。
高野聖は、女を玉三郎が、宋朝を海老蔵が演じる。
しかし、こうやって二つ連続で観ると
やはり夜叉よりも高野聖の方が数倍印象に残っているから不思議なものだ。
話はどちらともけっこう地味なのに。
高野聖があんなに面白くなるのは何故なんだろうな。
玉三郎に海老蔵というベストキャストのおかげなんだろうか?
海老蔵の「舞台の神様」に恵まれて生まれてきたような役者ぶりはなんなんだろう。
控えめな宋朝がこんなに似合うのに、おそらく昼の演目『義経千本桜』ではこれ以上なくダイナミックな狐忠信になって宙を舞っていたんだろうなぁ。
来月はいよいよ野田の登場だけど…チケットはとれてません。。。
唯一の休みに並ぶの嫌だなあ…(T-T)でも観たいな。。。
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『鬼子母の愛』
Tue, 29 Jul 2008 3:05:01 +0900
東中野RAFTにて。
シングルマザー女優 関根淳子の一人芝居デビュー作(なのかな?)。
物語のお庭 Vol.1 『鬼子母の愛』
岡本かの子作
物語を語りおろすスタイルは阿部さんと同じ。
でも、これはひとつのジャンルとしてあるものだし、
阿部さんが「語り」のトップに居る劇団の後進が、そのスタイルを踏襲したいと思うのは
ある意味当然な流れなのだろう。
会場奥に下手側にセットとして置かれた花の存在感にビビり、つい上手に席をとる。
なかなか強いオーラを持つ芸術作品が会場全体に睨みを効かせている。音楽も語りもこれに負けないようにするのは相当必要だ。いろいろと。
関根の語りは初めて聞いたけれど、
はじめのうちの鬼子母が買い物の通りすがりに子供を食べてしまうくだりなどはぞっとするほど良かった。テーマ選びが奏功している。自分にとって大切なテーマを、繊細に扱っているのがわかる。応援したくなる。
後半で登場人物が増えると、ちょっと扁平になり、息切れした感が見えたのが残念だったが、
全体的にはよい出来だったのではないかと思う。話も面白いし、子供を胸に抱く姿、いつくしむ姿にはある種余人に見られぬ美感があった。
あとは音楽にもう少し自己主張があっても良かったのではないか、キリリとした顔立ちの若くて素敵な奏者だったのだけれど。三味線の腕のよさは今回だけではあまりわからなかった。
こんなところだろうか、
稽古が忙しくてなんと二日連続で東中野に行く羽目になってしまったが(一日目は間に合わず誘っていた友人だけが行ったので、彼に会いに&詫びにいったのです^^;)、来た甲斐は充分にあった。なんだか元気をもらった気がする。
そうそう、当日パンフで託児の募集してたなあ…。
こういうのって、社会的になんとかならないものだろうか?
フランスだと、舞台家という資格を一回得ると仕事がない時期にも手当てがでるって聞いたけれど、そこまでじゃなくても何か、支援があるといいよね。
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『しあわせな日々』
Tue, 29 Jul 2008 2:48:46 +0900
新宿サニーサイドシアターにて。
私もお手伝いしていました、先輩の野原さんの公演が大盛況のうちに楽を迎えました。
これについては私は一応「内部」の人間だったから、
劇評などを書ける立場ではありません。
しかし、これだけは言いたい。
演出の岩崎さんおそるべし。
ベケットは、私も大学時代にハマって、コラージュ的にやったことはあるけれど、
この戯曲をあれだけまともに扱っちゃう人、初めて会いました。
演出家っていう衒いがないのがいい、といわれたら、
演出家の立場はどうなっちゃうのかと普通は思うけれど、
でもやっぱりこれは役者と演出家の共同作業であって、
岩崎さんにしか作れない舞台なのだと思う。
野原さんという役者に魂を賭けて直球勝負しているのがわかるし、
野原さんも全身でそれを観客席に打ち返そうとしている。
岩崎さんは鈴木さんの影響を受けていると自分で言っていたけれど、
興味の対象が全然ちがうもの、開演後20分後くらいにはその「色」は消えていたと思う。
稲川さんという、稀有な身体性を持っている役者さんの参入もこの作品を「しあわせな」ものにしてくれたことだろう。
不条理は舞台の上ではなく、観客席にあるってことに気がついたら
この芝居を直球で扱うことは大正解なのかもしれない。
まあ、言ってみても感想の域をでないもの。
このあたりにしておこう。
ウィニー&ウィリー
ウィリーは本番中にお誕生日を迎えました★
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三条会の真夏の夜の夢
Tue, 29 Jul 2008 0:36:46 +0900
はじめに言っておく。
千葉はとほき国だ。
ねずみの国よりとほひのだ。
気のせいか植生すらちがふやうに思ふのだ。
長き電車の旅、人身事故のあらぬものかは。
千葉に行きたしと思へど
千葉はあまりに遠し。
余裕を持ってゆかれませい。
以上、開演ギリギリ滑り込みの言い訳を終わります。
演出家の世界観がはっきりしているそりゃあ見事な舞台でした。
劇団から大高さん、桜内さんが客演。照明は大迫さん。そして利賀の同期が出演するなど、とにかくどんなに忙しくても観に行かなければという顔ぶれ。
衣装は色とりどりの体操服風。体操服というよりはチームスポーツのユニフォームかな?という背番号つきのシャツをまとうアテネ人。妖精は陸上競技系?余興一座は学校の体操服。
それにしても圧巻なのは関さんのはっきりした『間合い』の取り方。ここまで鮮やかなのかと舌をまきました。どのような役者であってもこの『ずらし』の中で戯画の一部のように見えてくるのがすばらしい。結果的に役者ひとりひとりが個性を殺すことなく舞台の上に生きているのね。
久しぶりに大高さんの「にゃん」も見られ満足。桜内さんのハーミア、オリビア姫に続き好演。シェイクスピア喜劇女優として売り出せば良いかも(笑)
照明は言うまでもなく完璧。
今夜の芝居は、『メディア』パリ公演の時に知り合ったパリ在住の衣装家さんとご一緒していたのだが、彼女が言うにはパリの野外劇は昼間にやることが多いとか。
それって照明使わないってことだよね。。。古代ギリシャとかの野外劇もそういう芝居だったのだと思いますが、日本だとまず気候的に辛い気がする。
夜でも開演直後くらいまでは相当蒸してて、厚紙に印刷された演出ノート、大変助かりました…。
しかし三条会は意外と子供が見ても面白いかもしれないなぁ…。
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